特定非営利活動法人
慢性疾患診療支援システム システム研究会
Association for Research in Supporting System of Chronic Diseases

コラム 医師不足



(2008年)

コラム 医師不足

今回のコラムでは、最近話題になっている「医師不足」について、数回に分けて述べたいと思う。

山梨大学副学長・理事 塚原 重雄

医師不足1:医は仁術と医療経済について

日本は医療、教育、にもっと、もっと金をかけるべきだ。
国民皆保険が出来て約40年、世界一健康度〈世界一の長寿国、世界最低の乳児死亡率〉の高い日本が出来上がった。国民は今まで健康保険の有難味を肌に感じることなく、空気や水と同様余り意識することなく過ごしてきた。しかしここに来て・・・
(続きを読む)


医師不足2:医師不足は想定外だったのか

想定外という言葉が一時はやったが、産科医不足、小児科医不足は全く想定外のことだったのか。医療崩壊がメディアで取り上げられ、今まで医療事故ばかり報道されていたのが一転して医師不足の大合唱である。
この様な産科、小児科の医師不足は何年も前から予知されていたことだと思われるし・・・
(続きを読む)


医師不足3:医師不足は一部の診療科だけの問題か

小児科医、産婦人科医の不足、医療崩壊の現状を、眼科医として他山の石(医師)として見逃すわけには行かない。限りある医療資源の中で、日本の眼科医療制度をどのように維持していったらよいか少し考えてみた・・・
(続きを読む)


医師不足4:医師不足にどう向かい合うか

小生、英国文化振興会の英国留学試験を1969年受験し合格し、12名〈この中で、医学畑は弘前大学の内科の先生が一人いました〉と共に英国に留学した。神保町の岩波書店ビルの中にあった英国文化振興会で試験が行われた・・・
(続きを読む)







医師不足1:医は仁術と医療経済について

日本は医療、教育、にもっと、もっと金をかけるべきだ。

国民皆保険が出来て約40年、世界一健康度〈世界一の長寿国、世界最低の乳児死亡率〉の高い日本が出来上がった。国民は今まで健康保険の有難味を肌に感じることなく、空気や水と同様余り意識することなく過ごしてきた。しかしここに来て、自己負担が増額していることでおのずと個々の診察時の費用を知る羽目になった。

右肩上がりの日本経済の中、今まで余り経済のことと医療は結びつけて考える必要は無かった。医療者側も経済的なことを口にするのは、医は仁術で差し控えられた。しかし日本経済の退潮傾向と、日本全体の借金が800兆円という莫大な額になるとともに、日本の全ての分野で削減合理化、市場原理導入が叫ばれるようになり、医療といえどもその対象から逃れることは出来なくなってきている。

優勝劣敗、弱肉強食、勝ち組負け組、二極化、格差社会を生み出した市場原理を人の命や健康に関わる医療制度に持ちこむことは好ましいことではないと考えられるが、ここに来て、東京地裁が混合診療禁止は違憲という裁定を下ろした。制約なしに混合診療を解禁することは、医療の安全面で問題ある上、低所得者の受療機会を失わせ益々医療の面でも格差を生ずることになる。市場原理主義の小泉内閣、安倍内閣とつづいたが参議院選挙で国民が余り極端に競争の世の中にさらされるのを嫌って、自民党の大敗を招いた。これで格差社会の形成に少し歯止めがかかるかと思われた。

ところが最近になって、奈良の、千葉の妊婦たらいまわし事件、産科医が足りない、小児科医が足りない、医師不足を訴たえる声が全国各地で日増しに強くなっている。地域医療が確保できないという地方自治体が増えている。産科医、小児科医の処遇改善とともに、病院の集約化が報道され、実際山梨県では県の主導でその方向で動き出している。

新しく発足した福田康夫首相も施政演説で医師不足解消を述べている。既に緊急医師確保対策が8月に打ち出され、11都道府県で医学部入学定員を10名増員すること、地元枠を設けること、医学部学生に奨学金を貸与する制度等が具体的に報道されている。
山梨県も医師数が人口10万人あたり190人、60キロ平方メーター60人の医師配置数に達せず、対象県のひとつになっている。

しかし、たった日本全体で110人の増員では焼け石に水の感をぬぐい得ない。また、実際に効果が現れるのは10年15年先で、目先の医師不足解消には働きそうも無い。


医師不足2:医師不足は想定外だったのか

想定外という言葉が一時はやったが、産科医不足、小児科医不足は全く想定外のことだったのか。医療崩壊がメディアで取り上げられ、今まで医療事故ばかり報道されていたのが一転して医師不足の大合唱である。

この様な産科、小児科の医師不足は何年も前から予知されていたことだと思われるし、産科学会、小児科学会、医学会が真剣に問題の掘り起こしをしなかったことにも原因する。自治体も政府もその予兆は感じていたはずである。

いままで、医師過剰の時代がくる、まもなく日本も、イタリア、ドイツのように医師免許を持ったタクシー運転手が生まれるといわれていて久しい。それが一転して医師不足の時代を迎えることになった。医師の地域偏在、科偏在があったとしても、厚生省、文科省、総務省の政策誘導に誤りがあったといわざるを得ない。
10万人当たりの医師数をみると日本はやっと200人に達したところだが、欧米諸国は300人を越えている。
日本政府がやることは規制緩和にしても、医療政策にしても後手後手と廻っている。

日本の医者は一人の患者さんを診るのに平均6分を費やしているが、欧米では平均30分で、日本の医師は欧米諸国の医師の約5倍の数の患者さんを診察している。常勤医師の病院内での勤務時間は平均週63.3時間となっている。われわれの時代に較べ医学、医療が急速の進歩を遂げているし、電子化によってかえって医師がやらなければならない業務が増加している上に、informed consentをはじめ患者への説明にも時間がかかる。結局医師側、患者さん側の犠牲に立って日本の医療が成り立ってきたといえる。

米国のクリントン大統領夫人が国民皆保険制度を導入しようとして、日本の実情を調査した際、日本の医師が大変な自己犠牲を払って国民皆保険制度を維持していることを知って驚いたという。結局、米国では国民皆保険制度の採用は見送られてしまい、今もって約5000万人の米国人は保険に加入できず、医療にアクセスできない状態のままである。しかし入院ベッドを取り巻いて医療に関わって働いている人たちの数は、日本の数倍である。又日本人の病院、診療所を訪れる回数は矢張り欧米人の数倍である。

日本のこの様な医療従事者側、医療需要者側にとっても、大変な悪条件の中で、WHOも指摘するように、国民皆保険制度の元、世界一健康度の高い日本が作り上げられてしまったことに矛盾がある。日本が経済的に立ち直り、量の時代から、質の時代へと転換を迫られた時に、医療の面でも大転換を図るべき政策がとられるべきであったが、今になっては手遅れの感ある。医療従事者側がもっと労働条件の改善を声高く訴え無かったことも起因するが、将来の日本の社会のあり方を考え、先を見すえた政策を打ち出す、力のある政治家が出て欲しいものである。


医師不足3:医師不足は一部の診療科だけの問題か

小児科医、産婦人科医の不足、医療崩壊の現状を、眼科医として他山の石(医師)として見逃すわけには行かない。限りある医療資源の中で、日本の眼科医療制度をどのように維持していったらよいか少し考えてみた。

国民の健康を守る、国民の利益を考えた眼科医療をするにはどうしたらよいか。外部からの情報の80-90%は視覚を通して獲得する。IT社会を迎えキーボード、コンピュータ画面を見る機会も想像以上に増えている。日常生活で、視覚が非常に重要な役割を担っていることを認識して貰い、視覚障害者が増えれば、莫大な国家の損失になることを絶えず国民に訴える必要がある。

国の、一次医療圏、二次医療圏、三次医療圏の形成、それとともに、地域の医師数は人口変動、人口構成、疾病変動、患者数、手術件数、その国、地域の生活、文化、と関係してくる。最新のOECD Health Dataによると日本の一人当たり医療費は加盟30か国中17位、総医療費のGDP比では22位と世界2位の経済大国としては大変低い水準である。

アメリカの眼科医療、眼科医師数、眼科研修医数等についても調査してみた。
アメリカの人口は3億人、日本は1.2億人、アメリカの人口は増加傾向にあり、日本は減少傾向にある。アメリカは特に、黒人、ヒスパニックの増加が目立っている。一方、日本の高齢化は世界に前例が無い速さで進んでいる。

全米の医師数は902,053人 日本は250,000人、人口10万人当たり医師数は米国が300人、日本は207人、眼科医数は 米国は18,687人、日本は13,000人、全医師に対する眼科医の割合は米国が2.1%、日本は5.2%で日本が高い。米国では家庭医、総合医が眼科医の役割をある程度担っていることに起因する。

眼科研修医数は米国1,115人、日本350人である。
医師数はアメリアと較べても又、他のOECD諸国と較べても明らかに少ない。医師数はその国の文化、人口構成、疾患構成、医療制度で異なってくる。日本のベッド数はOECD諸国の2ないし3倍多く、在院日数も4倍長く、外来訪問回数も数倍高い。1ベッドを取り巻く医療従事者の数も欧米の4分の1、5分の1である。

医療は国民が満足するものでなくてはならないが、日本におけるアンケート調査によると、国民の医療に対する満足度は欧米諸国に較べて低い。何時でも、何処でも、誰でも医療にアクセスできる日本の制度は他の諸国から見ると大変素晴らしいものに映るらしく、OECD諸国から非常に羨ましがられてるし、WHOも高く評価している。それにも関わらず日本国民の医療に対する満足度が低いのはなぜか。

医療レベルは欧米と較べて遜色はない。外来の長い待ち時間、医療内容の説明不足、患者さん側の自己責任の自覚がないこと、医療の不確実性、人間は何時か死ぬということに対する認識がないことが不満につながっている。又、日本には英国のようなgeneral practitioner(GP)は存在していない。
アメリカにも家庭医制度がある。効率よい医療を実践するには、GP或いは家庭医がまず患者を診てその判断で、専門医を受診させる医療システムが良い。

30兆円の医療費〈GDPの約7%〉で世界一の長寿の達成、世界一低い乳児死亡率を見ると、日本の医療は非常に効率がよく運営されていることになるが、これも医師の過剰労働、患者さん側の忍耐で成立している。パチンコ産業と同額といわれる30兆円が日本の医療費として妥当なのか、個人的には少なすぎだと思っているが、この点も国全体の方向性を政治家がしっかり示して貰わねばならない。日本の医療は医療従事者の自己犠牲による献身的な働きにより成り立っている。日本はもっと国民に医療費を拡大する必要があることを知って貰わねばならない。

OECD 諸国の医師が一人の患者にかける時間は平均30分で日本では平均6分である。日本の医師はOECD諸国の医師より5倍の数の患者を診ていることになる。日本の医師数が全体的に少なすぎるのは、理解できるが、眼科医数はこれで妥当なのか、眼科研修医数を増やすべきか減らすべきか眼科学会全体で衆知を集めて、検討すべき重要な課題である。

眼科医療を分析すると、英国、アメリカにgeneral practitioner, home doctor,(総合医、家庭医) というシステムの上にoptician, optometrist(眼鏡士、検眼士),という制度があり、optician, optometristは4年制大学の出身者である。眼科医とoptician, optometristの診療領域が曖昧である。Optician , optometrist は屈折検査、眼鏡処方、コンタクト処方、術後のケアー、ロービジョンのリハビリ等を受け持っている。眼科医は診断、手術、治療を担っている。最近眼科医の仕事が眼鏡士によって侵害される傾向が見られる。

米国の眼科医レジデントの数は年間450名で、3年間で合計1,350名である。眼科レジデントの研修施設はコンピューターマッチングで決められる。眼科に関して25のプログラムと50の質問事項があり、それについて研修希望者が回答し、優先順位を付けて提出する。研修施設で可能な研修内容がその書類とマッチングするかどうかコンピュータが判定する。又、卒業時のUSMLEテストの成績、推薦状、更にその施設での面接が加味されて成績の良い順番で決定される。

近年、希望者の多い科は1.眼科、2.皮膚科、3.放射線科の順位でランクされている。したがって、益々優秀な学生しか眼科医になれないことになる。学生はその科の将来性、収入、QOL、自分の得意な面、先輩の動向を見て判断する。成績優秀な学生の順番で希望が通ることになり、学生時代の成績と将来の収入が比例していて、努力した者が報われるシステムになっている。

米国では医師全体の中で、年々、女医さんの数は少しづつ増加する傾向にある。現在眼科医は男性15,670人、女性2,914人で男女比は5対1で極端に女性が少ない。しかし、最近の眼科レジデントの男女の割合はおよそ1:1で、眼科志望の女医さんが増えている。日本では米国に較べると女性眼科医師が多いようである。

それぞれの施設のレジデントの数は研修施設の責任者が、指導可能な医師数、患者数、手術件数、研究課題、などから決められる。例えばカリフォルニア大学サンディエゴ校のShiley Eye Instituteでは年間レジデントは3名と決めている。ちょっと少ない感じだが、Weinreb教授は良い眼科レジデント教育を施すにはこのくらいが適当な人数だといっている。全米で眼科医数は決まっていて、眼科医をめざす医学部卒業生が多く、眼科医師になるには、大変な競争の中を潜り抜けなければならない。従って、大変優秀な学生が眼科医師になることになり、眼科医のステータスは医師のなかでも高いと言える。


医師不足4:医師不足にどう向かい合うか

小生、英国文化振興会の英国留学試験を1969年受験し合格し、12名〈この中で、医学畑は弘前大学の内科の先生が一人いました〉と共に英国に留学した。

神保町の岩波書店ビルの中にあった英国文化振興会で試験が行われた。筆記試験は、「もしこの試験に合格して、英国留学することになったら、それが君の職業にどんな点が利益となるか」記せという課題であった。その外ヒアリングで、男女の会話が流れていて、それを聞いた後で、その内容に関する質問を回答したり、同じような発音の言葉が幾つか平行してテープに流れていて、異なる発音の単語を選択する問題もあった。

8人位の面接官の前でいろいろ聞かれた。皆英国人だった様に思いましたが、東大の公衆衛生学の教授も試験管の一人だったそうで、或るとき君の試験に立ち会ったよといわれた。
丁度大学紛争たけなわの頃で、学園紛争について聞かれるかと思って、英字新聞を読んだり、FEN(米軍の極東放送)を聞いたりして、面接に備えましたが、聞かれたのは医療制度のことで、全く期待はずれであったので、合格しないだろうと思っていたが、運よく合格し、文学、理学、音楽、報道関係、言語学者、物理学者と様々な分野の仲間と一緒に英国で1年半生活したので、英国の医療制度にも大変興味がある。

留学先はマンチェスター大学の王立眼病院だったが、教授がCalbert Phillipsで(後にエジンバラ大学の眼科主任教授になる)、緑内障を専門としていて、当時緑内障薬物療法にベータ遮断剤を世界で始めて臨床応用しようとしていた。教授は日英交換教授で日本にも2回来て頂いた。彼は1972マンチェスターからエジンバラ大学の教授に栄転し、1990年に退官している。今でも手紙の文通をしているし、ヨーロッパに行く機会があれば、エジンバラの彼のところに寄って、一緒にゴルフをやったりしている。余談だが、Phillips 教授の退官後、眼科の教授職はサッチャー首相時代の厳しい大学改革で無くなって、外科部門の一分科となっている。

英国の人口は5000万人で日本の約半分。医療制度はゆりかごから墓場まで、NHSで、全てが国営である。General practitioner(GP家庭医)の給与も、患者さん診察費も国から支給される。日本は英国のNHSを手本にして医療制度構築を試みてきた。

医学部は小生が留学した1969年当時、8校だったと記憶している。それが現在、英国全土で25あり、更に増やそうとしている。医学部の学生数は毎年6000人で、高校を卒業してAクラスを獲得したものだけが受験できる。総人口から見て日本の医学部卒業生が少ないことが一目瞭然である。

ブレア首相になって教育、医療の改革が目覚しい勢いで実行された。イギリスの人口は6000万人で日本の半分なので、人口あたりで毎年卒業する医学生数は日本をしのいでいる。

医師不足を解決するには緊急避難的なこの10年位を目標にした戦略と長期的な戦略を立案する必要がある。国民医療をどのようにするのか。国民の声を聞かなくてはならない。医療制度をどのように改革するか、医療費、医療連携、医学教育、綜合医の導入を含め、根本的な改変が必要とさている。

新医師研修制度が発足して5年目を迎えるが、この制度の導入によって、医師の地域偏在、科偏在が著名になり、日本中いたるところで、医師不足の大合唱が始まった。新医師臨床研修制度のあり方も検証し、見直す必要がある。

マイ健システム

ページのトップへ戻る